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鹿児島簡易裁判所 昭和33年(ろ)438号 判決 1959年7月07日

被告人 徳留栄次

大一〇・一〇・一生 自動車運転者

主文

被告人を罰金参千円に処する。

被告人において、右罰金を完納することができないときは、金弐百円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、自動三輪車の運転者であるが、

第一、運転者松元力男と共に、昭和三十一年一月二十五日、指宿市二月田駅前より、鹿児島市に向け、バツクミラーのない自動三輪車(鹿六―六八九二号)で、警音器のならない重要機械を取外した故障三輪車(鹿六―六六三九号)を、牽引するため、これ等に、交互に乗車して、運転進行したものであるが、かかる場合、運転者たるものは、牽引ロープに白布をつけると共に、事前に、相互の運転者は、進行中における人馬のすれ違い・追い越し・方向転換・速度の加減・かん急の発進停車等の各合図につき、打合せをなし、或は前車にかん視人を置き、後車との連絡を密にする等、危害の発生を未然に防止する為の方法を講じたうえでなければ、安全に操縦できないのに拘らず、これが措置を講じないで、同日午后四時三十分頃から同日午后六時頃までの間、前示指宿市二月田駅前より、揖宿郡喜入町瀬々串迄の国道上を、前示両自動三輪車を各運転し、以つて、無謀な操縦をなした

第二、前同日午后五時五十分頃、揖宿郡喜入村生見字田貫二八八七番地丸岡藤市方東側国道上において、前示松元力男の運転する自動三輪車に牽引された前示故障自動三論車を、運転進行中、その後方より、酒に酔ひ自転車に乗り追随して来た鈴健二(当時二十二年)が、その左側方に進出並行せんとし、誤つて、自転車と共に、路上に転倒したのを、自己の運転する自動三輪車の左後車輪で、轢過し、よつて、同人をして心嚢並に心臓破裂により死亡せしめ、その際自己が殺傷事故を発生せしめたのを認識したのに拘らず、その侭、進行を継続し、被害者の救護・所轄警察署警察官への報告等、法令に定める必要な措置を講じなかつた。

ものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

判示第一の事実につき

道路交通取締法第七条第一項第二項第一号・第二十八条第一号

判示第二の事実につき

道路交通取締法第二十四条第一項・道路交通取締法施行令第六十七条・道路交通取締法第二十八条第一号・刑法第六十条全事実につき

罰金等臨時措置法第二条・刑法第四十五条前段・第四十八条第二項・第十八条

刑事訴訟法第百八十一条第一項但書

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人の判示第二の事実に対する主張並に当裁判所のこれに対する判断は、次の通りである。

第一点 被告人は、本件被害者の身体を殺傷したことはなく、仮にそのような事実があつたとするも、これを認識していなかつたので、法所定の緊急措置をとるべき義務はないと主張するので、検討すると、第三回第八回各公判調書中の証人弓指明幸・同石塚禎二の各供述記載、当裁判所の証人弓指明幸・同石塚禎二に対する各尋問調書、鑑定人小佐井均作成の嘱託鑑定書、鑑定人三上芳雄作成の嘱託鑑定書を合せ考えると、被告人の運転する故障自動三輪車の後部左側車輪が、被害者の胸部附近を強大なシヨツク音を発して、轢過し、これがため、被害者をして、心臓並に心嚢破裂により、即死せしめたことを認めることができる。

更に、司法警察員福永末義作成(付補助者巡査部長)の昭和三十一年一月二十六日付実況見分調書(見取図三葉・写真五葉を含む)・第十回公判調書中証人福永末義の供述記載を合せ考えると、当時の現場付近の路面は、砂利で固められて、極めて良好で、その附近に凹凸等の個所はなかつたことが認められる。

次いで

第十回公判調書中の証人福永末義の供述記載、第四回公判調書中の証人浜石正夫の供述記載、鑑定証人小佐井均の当公廷に於ける供述を合せ考えると、本件の場合、運転の免許があり、且つ心身共に正常の者が、本件故障自動三輪車で、人体を轢過したときは、百人が百人共、その運転者は車体を通じて、いねむりをしていても判る程度の強力なシヨツクを感ずることを認めることができる。

更に、前示各証拠は被告人の当公廷に於ける供述を合せ考えると、被告人は、自動三輪車の運転免許を得て、五年間引続いて運転業務に従事しているもので、且つ、本件故障自動三輪車を運転していた当時は心身共に正常な状態であつたこと、本件現場に差掛る直前、被告人は、被害者が自己の運転する故障自動三輪車の左側に進行して来たのを現認していたことの各事実を認めることが出来る。

以上各認定の各事実を綜合して考えると、判示事実の通り、被告人の運転する自動三輪車の後部左側車輪で、被害者を轢過し、これがための心臓並に心嚢破裂により即死せしめたこと、当時心身共に正常であつた被告人は、右被害者轢過により、被告人程度の運転技能並に経験を経た人であれば、百人が百人共感得し得べき強大なシヨツクを受けたのであるから、その時、被告人に於て、被害者を轢過したことを感得し、その結果被告人の運転する故障自動三輪車の自重人体に感じたシヨツク並にその際発した音響の強大等より、必然的に、被害者に対し、殺傷事故を発生せしめることを認識していたものと認めることができる。

右各認定に反する被告人の当公廷に於ける供述、並に司法警察員及び検察官に対する各供述調書記載は、前顕各証拠に比照し措信し得ないし、その外に、右各認定を覆えして、弁護人の主張を肯認するに足る証拠はない。

従つて、弁護人の前示各点の主張は、何れもこれを採用し得ない。

第二点 道路交通取締法第二十四条第一項・第二十八条第一号・同法施行令第六十七条第一第二項の所謂事故を起した場合の措置の各規定は、自己に不利益な供述を罰則をもつて、強要するものであるから、憲法第三十八条第一項に違反し、何れも無効なものであると主張するので、この点について判断すると、所謂事故を起した場合の措置の規定は、事故を惹起せしめた車馬の操縦者等に対し、何よりもまず、被害者の救護のための措置を講ぜしめ、且つその事故の発生により、ひき起された交通の混乱を応急的に整理させると共に、交通事務担当官である所轄警察官に、当該事故を報告させ、同警察官をして、更に被害者の救護に万全を期せしめ、事故車並に事故現場に基因して、発生を予想される第二、第三の交通事故を防止するために、これ等を各点検させて、善処せしめ、もつて、交通の安全の恒常化を図らせるための措置を命じたものであると考える。

所謂黙否権を規定した憲法第三十八条第一項は、その歴史的起源・憲法における本規定の位置・憲法第三十八条第二第三項との関係から見て、原則として刑事手続に関して制定されたものであると考えることができるが、この制度が、人情の自然に発すると言うところから、その趣旨を尊重して、刑事手続以外に於ても、公共の福祉に反しない限り、刑事責任に問われるような不利益な供述の強要を禁止したものであると解する。

言うまでもなく、本件報告義務者は、それがその車馬の操縦者である場合、場合によつて、或は、業務上過失致傷罪等の犯罪構成要件事実の一部、例えば傷害又は致死の事実をも、報告しなければならないときもあること推認するに難くないが、然し乍ら、前示道路交通取締法・同施行令の各規定の存在は、前示のように、被害者の救護に完璧を期して、その人権を保護せしめ、更に道路における危険状態を除去して、通行者の人権を擁護すると言う各点と、前示保護さるべき報告義務者の人権に比較して、その格段の軽重を考慮した平等の理念と言う面からも、又交通の安全を確保すると言う公共の目的の面からも、換言すれば、公共の福祉のために、必要止むを得ないものであると言わなければならない。そうだとすると、弁護人の前示道路交通取締法・同施行令の各規定が、何れも憲法違反であるとの主張は、到底採用し得ない。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 梅津長谷雄)

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